忘れられる権利――Google v. Spain

今日は欧州司法裁判所(Court of Justice)が、2014年5月13日にグーグル検索に関して「忘れられる権利」を認めた裁定をまとめておこうと思います。
略してGoogle v. Spain 事件と呼びます。
裁定の英語版はこちらです。
長い裁定を読むのが大変!という方は、プレスリリースで概略を読んでみてはいかがでしょうか。

Contents

Google v. Spain事件とは?

Google v. Spain事件は、2010年にスペイン人の弁護士Mario Costeja González氏が、スペインの新聞社とGoogleスペイン社およびGoogle社に対する苦情を、スペインのデータ保護機関(AEPD:the Agencia Española de Protección de Datos)に申し立てた事件が発端です。González氏は、約10年前に社会保障費用の未払いがあり、不動産差押手続きに関連する強制競売について、新聞に名前が載りました。GoogleでGonzález氏の名前を検索すると、過去の2件の新聞記事へのリンクが表示されるようになっていました。

González氏は、まず新聞社に対して、関連するページを削除または変更し、彼に関するデータが表示されないようにすることを求めました。彼は、次にGoogle Spain またはGoogle Inc.に対して、彼に関するデータを削除または隠すかし、検索結果に彼のデータが含まれたり、新聞社へのリンクで表示されないようにすることを求めました。
AEDPは、新聞社の記事は、労働社会政策省の命令に基づいてなされた法的に正当なものであるとして、新聞社に対する苦情は認めませんでした。一方で、Google両社に対する苦情は認めました。

このため、Google Spain社とGoogle社が、スペインの裁判所にAEDPの判断の取消しを求めて訴訟を提起しました。スペインの裁判所は、欧州司法裁判所に、次の3つの問題についてEU個人データ保護指令の解釈を付託しました。理事会(European Commission)のファクトシート(Factsheet on the “Right to be Forgotten” ruling)から抜粋します。

  1.  EU個人データ保護指令は、グーグルのような検索エンジンにも適用されるか。
  2.  データを処理するサーバーが合衆国にある場合、グーグルスペインにEU個人データ保護指令は適用されるか。
  3.  個人は、サーチエンジンによるアクセスに対して個人データを削除することを求める権利があるか。

欧州司法裁判所の先決裁定

この付託事項について、欧州司法裁判所は次のように判断しました。同じく理事会のファクトシートを参照します。

  1.  たとえEUの外に物理的にサーバーがあったとしても、検索エンジンによる広告スペースの販売を促進する支店がEU内にある場合には、検索エンジンのオペレーターにEUの準則が適用される。
  2.  検索エンジンは、個人データの処理者である。グーグルは検索エンジンを理由に、EU法の責任を免れることはできない。
  3.  個人は、ある条件の下で、検索エンジンに対し、自身に関する個人情報につながるリンクの削除を求める権利を有する。この権利は、情報が不正確、不十分で、関連性がなく、データ処理の目的に対して過度であるときに適用される。この特定の事件では、データ保護への個人の権利に干渉することは、単なる経済的利益では正当化されない。忘れられる権利は絶対ではなく、表現の自由、メディアの自由のような他の基本的権利をバランスをとる必要がある。ケース・バイ・ケースの審査では、問題になっている情報の種類、個人の私的な生活の機微性、その情報にアクセスする公衆の利益を考慮する必要がある。削除を求める人物が公的生活で果たしている役割も関係する。

EUの裁判所

裁定の内容を見てきましたが、EUの裁判所についても触れておきましょう。

EUの裁判所(the Court of Justice of the European Union)は、欧州司法裁判所、一般裁判所、専門裁判所の3つで構成されています。欧州司法裁判所の歴史は古く、欧州統合の最初の試みである欧州石炭鉄鋼共同体が1952年にできた当時から存在していました。現在の正式名称は、Court of Justice(司法裁判所)ですが、リスボン条約が発効する前は、European Court of Justice(欧州司法裁判所)と呼ばれていました。

欧州司法裁判所の訴訟件数が増加したため、一般裁判所が作られました。さらに一般裁判所の訴訟件数の増加に対応するために、専門裁判所が設立されています。専門裁判所としては、現在のところEU職員の紛争を取り扱う職員紛争審判所(European Union Civil Service Tribunal)があるようです。

裁判所は、直接訴訟のほか、構成国の裁判所からの付託事項について判断する先決裁定(Preliminary rulings)と、EUの締結する国際条約とEU条約及びEU運営条約が両立するかどうかを判断する裁判所意見を取り扱っています。

参考文献

最後に、日本の論文にはこの事件を詳しく解説したものがありますので、あげておきましょう。

  • 中西優美子「GoogleとEUの『忘れられる権利(削除権)』(62)EU法における先決裁定手続に関する研究」自治研究90巻9号96頁
  • 中西優美子「EUにおける個人データ保護権と『忘れられる権利』」奥田喜道編著『ネット社会と忘れられる権利 個人データ削除の裁判例とその法理』(現代人文社)20頁
  • 中村民雄「EU判例研究(1)忘れられる権利事件」法律時報87巻5号132頁
  • 平野晋「欧州司法裁判所が『忘れられる権利』を認めたとされる事例」国際商事法務42巻6号984頁
  • 宮下紘「ネット社会と『忘れられる権利』の意義と課題 アメリカとヨーロッパの議論を手がかりに」奥田喜道編著『ネット社会と忘れられる権利 個人データ削除の裁判例とその法理』(現代人文社)2頁

* 本記事は、privacylaw.jpのサイトに掲載していましたが、同サイトをリニューアルするため、一時的にこちらに移動し、若干加筆したものです。

 

弁護士(第二東京弁護士会所属・弁護士・NY州弁護士) Gerogetown University Law Center LLM修了 早稲田大学法学部卒業 法律事務所Legal i プラスを2021年設立 Information Law, Internet Law, Intellectual Property Lawなど、iから始まる法律を中心に業務を行っています。 このサイトでは、情報法に関する情報を発信しています。5月末までは改正された個人情報保護法の記事を集中してUPする予定です。 私の詳しいプロフィールは、サイドバーのLinkedInをクリックしてご覧ください。