ぼちぼち改正個人情報保護法を読む-3条(基本理念)

個人情報保護法の基本理念(3条)は、改正では何ら変更されていません。
だったら、改正個人情報保護法の記事に書く必要はないのでは?と思われるかもしれません。
しかし、2003年の個人情報保護法の制定時にさかのぼって基本理念の条文がなぜできたのかを確認しておくことは、個人情報保護法の全体の理念を理解するために不可欠です。

個人情報保護基本法制に関する大綱-基本原則

2003年に個人情報保護法を成立するまでの立法経過については、個人情報保護法の法制化の方向性を検討した有識者による個人情報保護法制化専門委員会の「個人情報保護基本法制に関する大綱」(2000年12月)に立ち返らなければなりません。
そこでは、現在の基本理念の条文の元となった原則について、次のように記されていました。

2.基本原則

個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであり、個人情報を取り扱う者は、次に掲げる原則にのっとり、個人情報の適正な取扱いに努めなければならないものとすること。

個人情報はいわゆるプライバシー又は個人の諸自由に密接に関わる情報でありその取扱いの態様によっては、個人の人格的、財産的な権利利益を損なうおそれのあるものである。この意味で、すべての個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われる必要のあるものである。他方、個人情報は、個人が社会的又は経済的な活動主体として存在する以上、その有用性の観点から、他の活動主体にとっても一定の範囲で取扱いが認められるべきものである。他人の個人情報を取り扱う者(以下「取扱者」という)は、このような個人情報の性格とその重大性を十分認識し、個人情報の適正な取扱いを自主的に進めることにより、個人情報の保護に努めることが求められる。

また、個人情報の種類、取扱いの方法は多様であり、取扱者も広範である。政府等による個人情報の保護に関する制度施策は、このような個人情報とその置かれている環境の多様性に留意しつつも共通の目標に向かって、総合的に推進される必要がある。

このため、本基本法制においては、諸外国、国際機関等における法制度、検討の成果等を参考にしつつ、取扱者が個人情報の保護のために自主的な取組を行うに当たっての基本となる原則として、また、政府等が講ずる個人情報の保護に関する総合的な制度施策を展開するに当たっての指針として、個人情報の取扱いについての基本原則を明確に規定することとしている。

なお、個人情報の保護に当たって個人情報の有用性に配慮することとしている本基本法制の目的の趣旨に照らし、個々の基本原則は、公益上必要な活動や正当な事業活動等を制限するものではない。基本原則実現のための具体的な方法は、取扱者の自主的な取組によるべきものである。この趣旨は、報道分野における取材活動に伴う個人情報の取扱い等に関しても同様である。

個人情報保護法には、プライバシーの権利または自己情報コントロール権という言葉は出てきません。個人情報保護法制化専門委員会で、第1条の目的規定に明記するかどうかが議論されましたが見送られました(同専門委員会第13回議事録高橋・藤原・上谷委員発言、第156回国会衆議院個人情報の保護に関する特別委員会議事録第2号)。

ただし、憲法の問題とのつながりを示すために、最終的に基本理念(3条)において「個人の人格尊重の理念の下に」という表現が盛り込まれました。これは重要な立法経緯であると考えられます。

参考記事

 

個人情報保護基本法制に関する大綱-基本5原則

同大綱は、続けて基本5原則を挙げています。各原則の説明はここでは省略します。

(1)利用目的による制限
個人情報は、その利用目的が明確にされるとともに、当該利用目的の達成に必要な範囲内で取り扱われること。
(2)適正な方法による取得
個人情報は、適法かつ適正な方法によって取得されること。
(3)内容の正確性の確保
個人情報は、その利用目的の達成に必要な範囲内において正確かつ最新の内容に保たれること。
(4)安全保護措置の実施
個人情報は、適切な安全保護措置を講じた上で取り扱われること。
(5)透明性の確保
個人情報の取扱い(個人情報に関する様々な行為であって、その利用等を含む)に関しては、個人情報において識別される個人(以下「本人」という)が適切に関与し得るなどの必要な透明性が確保されること。

旧法案の条文

上記の大綱に沿って内閣が作成し第151回国会に提出した「個人情報の保護に関する法律案」は、基本理念と基本5原則を次のように条文化していました。法案は同国会、第152回、第153回臨時国会において継続審議・閉会中審議となりました。

第二章 基本原則

第三条 個人情報が個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであることにかんがみ、個人情報を取り扱う者は、次条から第八条までに規定する基本原則にのっとり、個人情報の適正な取扱いに努めなければならない。

(利用目的による制限)
第四条 個人情報は、その利用の目的が明確にされるとともに、当該目的の達成に必要な範囲内で取り扱われなければならない。

(適正な取得)
第五条 個人情報は、適法かつ適正な方法で取得されなければならない。

(正確性の確保)
第六条 個人情報は、その利用の目的の達成に必要な範囲内で正確かつ最新の内容に保たれなければならない。

(安全性の確保)
第七条 個人情報の取扱いに当たっては、漏えい、滅失又はき損の防止その他の安全管理のために必要かつ適切な措置が講じられるよう配慮されなければならない。

(透明性の確保)
第八条 個人情報の取扱いに当たっては、本人が適切に関与し得るよう配慮されなければならない。

基本5原則とOECD8原則

基本5原則は、OECD8原則を参考に整理し直したもので、その内容は横断的にみるとOECD8原則にほぼ似通ったものといえるものでした。

基本原則 OECD8原則
基本理念 責任の原則
①利用目的による制限 目的明確化の原則
利用制限の原則
②適正な取得 収集制限の原則
③正確性の確保 データ内容の原則
④安全性の確保 安全保護の原則
⑤透明性の確保 公開の原則
個人参加の原則

国会審議と旧法案の廃案

第154回国会には、「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」、「独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律」、「情報公開・個人情報保護審査会設置法案」、「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律等の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案」も提出され、旧法案を含め合計5法案が審議されました。

しかし、基本5原則に対して大きな反発が沸き起こります。

この基本5原則を含む第2章は、公的部門・民間部門を問わず、個人情報を取り扱うすべての者(個人情報取扱者、個人情報取扱事業者とは異なります)が遵守すべきものとされていました。つまり、基本原則は、個人情報を取り扱うすべての者に適用されることが予定されていたわけです。当然報道機関も含まれていました。

このため、マスメディアの表現の自由を侵害するとの強い批判が起きたのです。その主なものは、適正な取得や透明性の確保に関する努力義務が、損害賠償請求訴訟や差止訴訟で主張され、報道機関等を規制することになるのではないかという懸念でした。

この頃、人権擁護法案、個人情報保護法案、青少年有害社会環境対策法案の3つの法案が、「メディア規制3点セット」と呼ばれ、強い反対の動きがあったのです。

国会閉会中に、与党3党(自民党・自由党・公明党)は5法案が表現の自由を侵害するものでないことをより明確にする修正案をまとめます。しかし、第155回臨時国会で修正協議に入ることができず、結局、個人情報保護法関係5法案は、2002年12月13日にすべて審議未了で廃案となりました。

新法案-個人情報保護法の誕生

捲土重来?

基本5原則が削除された新法案が156回国会に提出されます。

削除された際に、基本理念(3条)は第1章総則の中に再編成されました。そして、旧法案では、「個人情報を取り扱う者は、…基本原則にのっとり、個人情報の適正な取扱いに努めなければならない」とされていたものを、個人情報を取り扱う者という名宛人を取り去り、条文の抽象性が高められました。現在の条文と同じです。

(基本理念)
第三条 個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであることにかんがみ、その適正な取扱いが図られなければならない。

 

新法案は、156回国会で個人情報保護法として成立します(成立は2003年5月30日)。

個人情報保護法の解釈原理

本条前段は、個人情報はいわゆるプライバシーまたは個人の諸自由に密接に関わる情報であり、その取扱いの態様によっては、個人の人格的、財産的な権利利益を損なうおそれのあるため、すべての個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われなければならないことを明記したものです(大綱2基本原則)。

個人情報保護法制化専門委員会における議論の中で、個人情報保護の趣旨として個人の人格尊重の理念を尊重すべきであるとの意見を踏まえて規定されたもので(第24回議事録藤井審議官説明)、個人情報保護法全体にわたる解釈原理を示しています(前掲議事録小早川光郎委員発言、「〔座談会〕個人情報保護基本法制大綱をめぐって」ジュリスト1190号10頁)。個人情報取扱事業者の義務等は要件を抽象化せざるをえないことから、抽象化された条文の中に何を考慮すべきかということを最初に本条前段を掲げることによって多少捕らえることができるのではないかという趣旨を含んでいるとのことです(同議事録小早川委員発言)。

一方、本条後段は、個人が社会的又は経済的な活動主体として存在する以上、その有用性の観点から、他の活動主体にとっても一定の範囲で取扱いが認められるべきであることを前提に、個人情報を取扱う者について、個人情報の性格とその重大性を十分認識し、個人情報の適正な取扱いを自主的に図ることにより、個人情報の保護に努めることを求めています(大綱2基本原則、個人情報保護法制化専門委員会第24回議事録藤井審議官説明)。

個人情報保護法全般が、自主規制や自主的な努力を求めたものですが、本条後段は、これを改めて強調するために定められています(前掲議事録小早川委員発言)。自主的な取組みは、個人情報取扱事業者の義務とその担保の仕組みにおいても自主的な要素を重視するという2段構えとなっています(同小早川委員発言)。

法的性格

基本理念の法的性格は、旧法案の基本5原則とともに、個人情報を取扱う者に対し、一般的抽象的な政策理念よりさらに進んだ一般的な自主的努力義務を課したものであるとされています(たとえば、高橋和之「メディアの『特権』は“フリー”ではない-個人情報保護法案の正確な理解に向けて-」ジュリスト1230号56頁)。

努力義務と解すると、これを怠ったとしても当然には違法になりません。そこで、民事訴訟において基本理念が裁判規範として機能しない可能性があります。

この疑問については、民法の不法行為(709条)を根拠とする損害賠償請求の中で、保護法益(人格権)の保護の程度や加害行為の違法性の判断において、基本理念が作用することが考えられると指摘されています(前掲「座談会」21頁)。

一方、基本理念は、削除された基本原則のような具体性はなく、憲法13条から導かれる理念を確認したにとどまり、条文の有無が民事訴訟の帰趨に影響を与えるのではなく、この条文に示された憲法理念が民事訴訟において斟酌されるという方が正確であるとする指摘がなされています(宇賀克也『個人情報保護法の逐条解説[第5版]』有斐閣(2016年)80頁)。

おわりに

裁判所は憲法に関する判断に踏み込むことはあまりありません。個別法の条文の解釈で結論が出るならば、憲法という高次の法の解釈をする必要性がないと考えるからかもしれません。

具体的な訴訟で基本理念がどのように作用するか、裁判所の判断を注視したいと思います。

*本投稿は、拙著『個人情報保護法 逐条分析と展望』青林書院2003年)を加筆し修正したものです。